松山北条線(県道20号線)の思い出

(2018/01/17)

 私が小学生のころ、松山に野球のリトルリーグのチームができました。自分がプロ野球の選手になれると思っていた私は入団することにします。それで、毎週日曜日の午前中、市駅からバスに乗って県道20号線沿いにあったダイキのグラウンドで、練習をしておりました。

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 練習が終わるとグラウンドから上一万まで歩いて降り、そこから市内電車に乗って帰ります。当時、ベテル病院はまだありませんで、県道20号線沿いには茂みがあり、野イチゴを摘んで食べたり(中に蟻がいると食べられない)、走ってくる車に手を振って、上一万まで乗せてもらったりということもありました(当時は、汚い野球のユニフォームを着た子供たちを乗せてくれる車もありました)。

 その頃一緒に通っていた友達二人の父上をそれぞれ、たまたまなのですがベテル病院で診させていただいたことがあり、何かの縁かなと思いました。

(松山ベテル病院 医局長 大西哲史)